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塾スタイルの変遷

2017年7月10日 月曜日

40年ほど前は 塾と言えば集団塾でした。講師1人で複数の生徒を教えるスタイルです。当時は営利主義に走る大型クラスでの指導と面倒見の良さお武器にした少数指導を謳う少人数制クラスの2パターンでした。大型クラスでは 時にはマイクを使ったりもしていました。難問や奇問などに対しても しっかりとしたアプローチで 学校では教えない考え方も教えたりしていました。私にとっては学生時代のアルバイト時代の話です。
そして15年ほど教育業界から離れ 金融機関で働いている間に 個別塾なるものが台頭してきました。各個別塾は 『集団塾で ついていけなくても 個別では面倒を見ます。』と 一斉に広告を出し 面倒見の良さをPRの核としました。傍目に見れば 良いように思えます。しかし ふと思うのは 40年前に教えていた問題を解くスキルは いつ教えているのだろう、と言う疑問です。個別の講師は生徒の理解度に合わせ 授業展開をしていきます。ここで注意したいのは 指導は生徒主導型だという点です。指導しているのは講師でも 生徒主体のペースと内容で進んでいく点です。集団塾では 講師主導で、きめ細かくフォローし面倒見の良さを実現していきます。結果的に 集団であれ 個別であれ 面倒見の良さに大差がない結果になります。
さらに 今は自立型塾が流行しつつあるようです。ウチの塾で言えばワンビルレッスンであり、私や他の講師が塾にいる間の自習です。自習していれば、私たちは自習している場を覗きに行きます。その際に 相談を受けたり質問を受けたりします。自立=生徒の自主性=自習です。自習をするために 料金を払い 生徒自身は塾に通って勉強した気分になるって どうなんだろう?途中、ブアランクがあるとは言え、学びの場って何だろう?塾って何だろう?それは 図書館で自分でする勉強と違うような気がします。何が原因なのかはわかりませんが、今の時流は 何か本質から外れているような気がします。

何か違う勉強の考え方

2017年7月1日 土曜日

今まで どこの塾に通ってきたのだろう?
生徒や保護者達と話をしていると 『何か違うな』と感じることがあります。今までのブログにも書いてきたことですが、そんな疑問に思うことを挙げてみます。

『宿題プリントが たくさんあれば 成績は上がる。成績を上げるためには多量の宿題プリントが必要。』
今も昔も 保護者からのリクエストで多いのが 多量の宿題です。では そもそも宿題って何故出されるのだろう?宿題は定着のために出されるのです。定着を図るなら 習う前から既にできていることを何度もやる宿題には価値がありません。既に できているのだから。新しく習ったことを練習することが一番効果的です。そして人間は忘れる動物です。何日も経って塾に来る直前に慌ててやっるより 帰宅直後や翌日内にやる方が定着率は高いのです。現代の生徒さんを見ていると 小学時代から宿題は遊んだ後にやる人が増え中学生になっても塾へ行く直前に粟田¥ててやっている人が多いように思えます。量より姿勢が大事なように思えます。 『塾に行けば 勉強をし成績が上がる。』 勉強って何だろう。今までできなかったことをできるようにしていくことが勉強です。先生に言われたことをやるのが勉強ではありません。もちろん先生たちは 勉強になるようにアドバイスをします。だから言われたことをやればOK。本当に それでOKなのだろうか?そう逆に聞くと 『だったら何をやれば良いの?』と反論されます。自分に何が必要か?何ができていないのか?何ができるようになれば どんな効果があるのか?そんなことを自分で考えることです。先生や保護者が言っていることはアドバイスです。それをやる真の意味を自分で考え意識しなければ 何の効果もないように思えます。

『書いて覚えなさいって うるさい。』 現代の教育制度は知識偏重です。覚えて なんぼ です。そんな背景もあり、今も昔も先生や保護者達は『書いて覚えなさい』と何度も言います。では トップレベルの大学入試に取り組んでいる受験生たちが何度も書いて覚えているか、というと 決してそういう訳ではありません。何度も見て覚えはするが、書いて覚えることは意外と少ないのも事実です。それこそ驚くくらいです。頭が良いから?他にも資格試験受験に取り組んでいる社会人の様子を見ていると 何度もつぶやいていますが 書いている様子がありません。確かに問題は たくさん解いています。過去のブログにも書きましたが、これは ある程度知識が蓄積されているからです。個人差はありますが、英単語で言えば1000語くらいです。そうなると『イー』と言う音は『ea』と、『サ』『ザ』は『th』と無意識のうちに手が動きます。そのレベルです。英音を聞けば つづれるレベルです。英単語を覚えるのにローマ字覚えをするレベルではないのです。逆に言えば、高校生になっても大学生になっても 1000語覚えようとも 5000語覚えようとも ローマ字覚えをしている間は 何度も書くしかないのです。 『学校で判らないところを質問する場所が塾だ。』 確かに、塾は学校で聞けなかった不明点を解消する場所ですが、それを前面に押し出した学習姿勢は、追いかけ学習です。学校が煤でいるペースから遅れて体得していくことになります。今や学校の進度は標準より遅いのが常になってしまっています。場合によっては三カ月くらい遅れています。同じ中学で一学年違いなのに 定期テストの範囲が同じ社会。一年間何をしていたのだろうと思います。それが学校の現状です。その学校に送れて体得していくことになるのですが、それで良いのだろうか?学問に王道はありません。何十年も前から予習・復習が要です。予習しているのか?復習しているのか?要ができていないのに 塾=不明点解消の場と捉えられがちです。塾=勉強し聖夜方法を学ぶ場であるべきように思えます。 『定期テストは良いのだが、実力テストが・・・。』 日頃から勉強をしている人にとっては、定期テストも実力テストも 大差ありません。もちろん定期テストは範囲が限定される分、確認はしやすいという長所がありますが、平均点は高くなり偏差値を上げにくいという短所があります。偏差値で見れば、ポカミスしても高偏差値を取れる実力テストにも長所があります。結果的に 偏差値で見れば大差はありません。では なぜ 定期テストの方が良いのだろうか?定期テストの方が高偏差値になるのは、土壇場の学習に慣れてしまっているからです。定期テスト前になって 慌てて大量に覚えたり問題を解いて練習するからです。日頃から少しずつでも覚えたり練習していれば・・・。一刻に大量に覚え練習をしたことは忘れてしまい身に付きにくいのです。 『わからないのだから無理。』 入試問題を紐解けば難問のオンパレードです。入試問題で過去に解いた問題が出題される子もあり得ません。見たこともない問題が並びます。経験のない問題を一読し『ムリ』と捨ててしまえば、何も残りません。一問でも多く理解しよう。一問でも多くできるようにしよう。そんな意識が実力をつけていくのです。問題文は判りにくく理解に苦しむ問題文もあります。それでも 心が折れることなく 心が離れることなく 問題に向かっていく心が自分を伸ばしていいくのです。そのためには 色々な考え方を知り、知識を蓄え、様々なケースに当たり、集中力を鍛えていくことが必要です。わからない、は魔法の言葉です。その言葉を口にすれば すべてが許されているように思えます。授業で、前回口やかましくいったことを『なんだっけ?』そして『わからない』になっているように思えます。塾だから 何度も説明はします。しかし生徒自身に気付いてほしいのは、『わからない』を言い訳じみた魔法の言葉化していないかという点です。