家庭で・・・


よくある家庭の風景。 テスト前に大量の学校課題が出された生徒さん。自分ができる問題をパキパキと埋め、問題を読み理解するのに時間がかかる応用問題は答えを見て赤で記入。やったところは○付けをしていっています。量が多いので、解説を読んで理解し、理解できれば次へと進んでいっています。1時間ほど集中し机に向かっていましたが、喉が渇いたのでキッチンへ行き、冷蔵庫から取り出した冷茶を飲んでいます。そんな生徒さんにお母さんが声をかけました。 「テスト前やろ。休憩ばっかり しとらんと ちゃんと勉強しとんか?学校の課題もあるんと ちゃうん?」 「そんなん、わかっとう。ちゃんと やっとうわ。」 「間違えた問題とか もう一回 解き直さんとアカンのやで。出来辺かった事は理解しとんか?何回も書いて覚えよんか?」 「ちゃんと やっとうわ。」 「提出物は ちゃんと出さなアカンのやで。」 「うるさいな。だから ちゃんとやっとうって。」 よくある親子間の会話です。で テストを受け40点の答案用紙が返却され お母さんは驚きます。『課題を きちんとやっているのに 点数が悪いって どういうこと?』 やっているのに点が悪いのは それぞれの描いている姿にズレがあるからです。生徒さんは課題を埋める事に時間をかけています。教科書やノート・塾のワーク を ひっくり返し 答を探しワークやプリントを埋めています。埋めた後は答えを見て○をしています。課題の大部分をそうやっています。あれこれ調べて宿題をする。コレは小学校の指導の賜物です。しかしテスト前は知識の蓄積を行わなければなりません。埋めて満足の生徒さん。知識を蓄積してっていると信じているお母さん。この差がテストの点数となって出てきます。知識が蓄積されているのであれば テスト直前は何も見ないで埋められるはずなんです。そうなっていなければいけない。いつまでも 何かを見ないと宿題を埋められない生徒さん。当然テスト結果は悪い。そして次の行動として お母さんは 宿題の多い塾を選びます。しかし 生徒さんは 相変わらず 判るところは埋め 判らない所は飛ばしてしまいます。答があれば赤で写して『なるほど そっかぁ。』で終わりです。当然結果は見えています。しばらくしても 何の成果も現れません。受験生であれば 周囲が勉強し始めている分 成績は落ちてしまいます。判る事だけをやるのであれば 実は宿題には何の価値もないのです。これで勉強をした気になっている生徒さん。認識が甘いです。勉強とは 勉めて強くなる事です。強くなっていなければ 勉強ではありません。勉める=努めるの要素がなければ 勉強ではありません。

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