勉強しなくなった子ども達


現在は学力の二極化が加速していると言われています。小学・中学の学習は努力の積み重ねで好成績を取ることができ、ある程度の基礎学力があれば顕著に体現することができると言われています。人間の脳は小学6年生までに約90%形成されるそうで、義務教育期間で体現してきたことは先々の能力にも影響していると言われています。そんな期間で勉強する人と勉強しない人に分かれてきています。度数分布表を見ても高成績のグループと低成績のグループに分かれています。
分数ができない大学生がメディアで報道され、全入学時代になり企業は能力主義を取り始め、識者たちは様々な教育環境の変化を発言しています。大人たちは中学レベルの学習内容なら努力すれば満天は無理でも成績を収めることができることは良く知っています。中学時代の学習深度の差が高校時代以降や社会人生活で大きな差になります。上司から指示を受けた時、先々を見通す力・臨機応変に対処する力・創意工夫をする力は考える力が無ければ発揮することができないからです。
例えば、残業になり資料室のある3階のエレベーター前を消灯しようとした時、上司から「消灯は最後の人がするから君は消灯しなくてよい。」と言われたとします。スイッチの隣には『マメに消灯』の貼紙があります。そこで考えられることはいくつかあります。①言葉の額面通りに消灯しない。②その場は消灯しないが次回以降は消灯する。③②を実行し、上司の言葉の真意は『残業にならないように』と解釈し、仕事の質を高めることを考える④スイッチのオンオフに伴う電力は大きいので時間に対する頻度を考え、短時間中の消灯を控える、などですが、他にもあるでしょう。こういったことを言われた直後に考える力が『思考力』と言われる力です。③の力は上司の想いを汲み取る力が必要です。小説などの心理を読み解く力です。④なら電気に関する知識が必要です。車を動かす時の発進時と定速走行時の負荷の違いに似た発想です。
こう考えると、勉強することは大切です。ところが勉強をしなくなった子ども達の多くは、自分は勉強していると認識しています。宿題プリントはやった、課題はやって〇☓をつけ赤で直し提出した、判らないところは教科書やノートを見て解いた、と『やることはやっている』という意識が強いのが現実です。ところが、こららは『勉強』ではありません。よく塾生に言っていることですが、『勉強』とは『勉めて強くなる』です。努力や知識・思考力面で強くなる要素が無ければ『勉強』ではありません。つまりしっかり時間を取り量をこなし面倒な事でもやるという努力と繰り返しやって知識・考え方を覚え身に付けるという要素です。
伸び悩んでいる生徒の勉強している様子を見ていると、『公式がおぼえられていないのに答を見て間違いヵ所に気づき消しゴムで消して直し解いたり赤で訂正して課題を終えている』『教科書を見て答を書き丸を付けて終わっている』が圧倒的に多いのが現状です。残念ながら繰り返している様子もなく、勉強をした気になっています。繰り返し学習は?後でやる時に何処をやる?が跡に残っていません。メモ計算はミスの元です。途中式を書く練習を何度もしていても途中式を書くのは面倒となりがちです。数年前に進学塾に姫路でもトップレベルの高校に通う高校生の数学を見た時に唖然としたことがあります。難解な計算を暗算とメモ計算で解いているからです。進学塾ではスピードが求められ暗算とメモ計算を推奨していたようで三年間そうしてきたようです。その結果が入学当初の中間テストでは30点以下でした。途中式を書く習慣を身に付けてもらうまでに二ケ月かかりました。中学時代は好成績だった人でも二ケ月かかります。習慣とは怖いものだ、と感じた瞬間でした。勉強する習慣は早い間につけていくべきことなだ、と思いました。
勉強しなくなった、と言われます。何故か?就職氷河期で大学進学に価値が見いだせない、スキルが無く低学力の大学生が溢れている、学んだ知識を将来使うことが無い、尊敬できる教師がいない、ゲームやラインなど楽しいことが溢れている、部活の練習がきついなどなど色々なことが言われています。知識や思考力は目に見えないものです。しかし将来さまざまな成果を生む力でもあります。それに気づき出せば、勉強って価値ある行為だと判るはずなのですが、なかなか気づく人が少ないのも現実です。


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