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中学数学と高校数学の違い

2018年1月11日 木曜日
12月から折鶴づくりが始まりました。今年度は1/13(土)に鹿嶋神社に行く予定です。 そして ファイナルの準備が始まりました。中三は教科書の学習内容を終え、入試に向けた動きが始まります。 書く生徒たちの懇談を終え、高校生たちの数学理解度を知り、ふと思うことは 中学数学と高校数学の違いです。 同じ問題でも、高校流と中学流で解き方が違います。 例えば、二点の座標から一次関数の直線の指揮を求める問題で、中学流は まず傾きを求め、次に点を通る=代入で切片を求め、答えをまとめます。各個を個別に解き最後に合わせる方法です。では高校数学では?高校数学では、点を通る=引くと学びます。二点を通る式は y-b=(d-b)/(a-c)×(x-a)と表せ、この式を簡単にすることで求めます。つまり中学数学は、A→C、B→Dで CとDで答えをまとめますが、高校数学は P→Q→Rと論理の流れを作ることがポイントになります。その場合、厄介なのは最初のPの部分です。高校数学の知識は当然ですが問題を解くアプローチや着眼点も大切です。高校数学の学習で、3ステップくらいで解き方の流れを抑えると良いとされるのも そのためです。もちろん高校数学でも中学数学流の解法で解く問題も数多くあります。高校数学では 中学数学に加味される形で習います。ベースに中学数学があってこその高校数学です。 P1050281P1050284

学校の懇談会・・・

2018年1月6日 土曜日
私自身の中学時代を振り返れば、熱血教師と言われていた教師が学年に4~6人はいました。現在の学校では どうなんだろう?中三生達と三者懇談をしていると驚くような話も聞かされます。講師の潮とを始めた頃は学校の先生方を信じ、学校フォローの姿勢を取っていましたが、だんだん懐疑的になってきました。もちろん教育に情熱を傾けている先生方も確かにいらっしゃいます。しかしズレた指導であったり 『少し違うよな』と感じる指導が見え隠れします。 範囲表と異なるテストを実施する実技科目の先生。平均点は常に10点台。そんなことが何回も続けば 生徒たちはテスト前にテスト勉強すらしなくなる。それで良いのだろうか? 夏前の懇談では、『〇〇ちゃん、体育大会と文化発表会、盛り上がろうね。』と二学期を楽しく過ごす話で終わり、いかに受験生が夏休みを過ごすべきなのかの話は一切しない若手先生たち。これで良いのだろうか? 12月の進路決定の懇談では 理系志望の生徒に 自分が理数クラスに進学し如何に伸び悩んだかの失敗談を話し断念させている先生。 低学年とは言え、二学期が終わり教科書の40%程度しか進む事ができなかったにもかかわらず 残りの学習内容を終えるのは容易とうそぶくベテラン先生。 見え隠れしてくる学校の先生の姿は・・・。がっかりする時が多くなりました。 理系進学で伸び悩み落ちこぼれ。結局 文転した。中学数学と高校数学の違いは判っているのだろうか?三角関数やベクトル?そんなことは表面的な事。考え方が違う。つまり論理の進め方が大きく違う。中学は各個論で統合するスタイル。高校は1つの論理を順に展開していくスタイル。だから解答が違う。部分点なんてものもある。伸び悩んだ先生さんは そんな違いが判っていたのだろうか?理数系クラスにいた割には・・・と勘繰りたくなります。 そして そんな先生方が口を揃え おっしゃる言葉は 『塾なんて行っても仕方がない。』です。

冬期講習開始!

2017年12月16日 土曜日

いよいよ本日から冬期講習がスタートします。中三は 12/15を目途に各教科三年間の学習内容を ほぼ終えました。ここからは受験に向けてスキルアップの日々です。開始に当たり 色々なことを考えます。
数十年前は 少数精鋭のクラス授業が盛んでした。そして数年前からは個別塾が盛んです。これで良いのだろうか?
高校や大学の授業は集団のマス教育です。個の時代と言われるようになり随分な日が経ちました。
何故 個別なのか?集団教育では ついていけないから?質問できないから?集団授業は判っている事ばかりで得るモノがないから?
色々な理由が考えられますが、やってはいけない選択は後ろ向き理由の選択です。
個別全盛期になる前のマス教育では、生徒一人一人が自分で学ぶアレンジをしていたように思えます。いわば 学習方法は自分で身に付けようとしていたような気がします。
『先生、覚えられへん。』『何回も紙に書いて覚えたら』『何回も書いても覚えられへん。』『どんな間違いが多いか?どこの部分が覚えにくいのか?何に注意が足りないのか?自分で考え意識しながら覚えたら。』
こんな禅問答のような やり取りも 増えてきました。
対応していて気付くのは 真面目にこなしている人は多いが 本当の意味で勉強できている人は少ない、といった点です。
課題を出せば、それはこなす。しかし身に付いていることは 殆ど無い。無駄に時間を過ごしたようにも見えます。
何が足りないのか?集中力なのか?モチベーションなのか?
何が悪いのか?取り組む姿勢なのか?自分は自分で、これ以上は無理と言う甘えにも似た思いなのか?
毎回講習の内容を考える時、一人一人の顔を思い浮かべながら 『あぁ、この部分を強化しないと。』と考え 用意していきます。
ふと思う色々な事。学校教育あってこその塾教育です。肝心の学校教育は 大きく揺らいでいます。進度の遅れ。授業内容の低下。
ここで言う低下は内容の低下ではありません。塾講師達に よく言っている教育としての低下です。塾講師達には 授業のレベルアップ、低下しないように、と言いますが、伝え方・授業の進め方・学問の面白さや魅力の披露などです。何もニッチ的な高等数学を披露する事ではありません。
限られた時間で 色々想い 色々考え 取り組む講習が始まります。
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効率よく勉強する冬の受験勉強

2017年12月10日 日曜日

受験生にとって冬は、毎日効率よく勉強していかなければなりません。中学三年生にとって、一生の中でもっともよく勉強する時期になるでしょう。逆に、そうならなければ受験失敗してしまいます。一日を 一時間を無駄にすることはできません。
では小売良く勉強するってどういうことなのでしょうか?夏と同じように、二学期の定期テストや実力テスト前と同じように 勉強していては とても効率よく勉強しているとは言えません。何度も何度も練習している様では効率が良いとは言えません。
同時に 学校の冬期課題も 『これでもかっ!』と思えるくらいに 大量に出てきます。時間をかけて解けば良い物ではありません。課題は 既にできることはテキパキと迅速に進めていかなければなりません。それこそ合間の時間を利用し どんどん進めていくのです。
効率よくステップアップするには、一問をフル活用するのです。暗記科目なら周辺知識の確認、理科の計算問題や数学の問題は、解法の流れを確認。自分で3ステップぐらいに解法の流れをまとめておくのも手です。なかなか覚えられないことはノートに書いておく。マメに確認しながら 確実に覚えていく。入試問題などのレベルが高い問題にあたり、ひねり方や注意事項を整理しノートに書いていく。入試問題を一問解くだけで、周辺知識や解法の流れ・注意事項やひねり方と学ぶべきことが沢山あります。どんどん問題を解き、一度書いたノートに書き加えていく。自分だけの参考書が出来上がります。あれこれ調べる時間がもったいない。あとで確認しようと思うことは1っ冊のノートにまとめていく。または整理と対策にアンダーラインを入れたり 書き加えていくく。あとでやる時間はない。その場で覚え整理していく。夏や二学期ならコピーし何回も解いたりできました。冬になれば時間がある訳ではありません。一度解いたら 一度聞いたら 完全マスターなんです。それを目指す。これが直前の本気でやる受験勉強です。

勉強をする上での勘違い

2017年12月10日 日曜日
自習や質問を通して 勘違いの勉強をしている生徒さんを見かけます。 勉強は ステップアップ・スキルアップしていかなければなりません。様々なスキルを学び 『使える』 と感じたら 巣のスキルを身に付けるレベルの復習を行い 確認していくことです。そう説明すると 多くの学生が『ちゃんとスキルアップをしている』と認識しますが、問題を解いている様子を見ると できていなかったりします。例えば 数学で『式の展開』を学び、次に乗法公式を学んだ時、公式が使える展開は公式を利用しようとするか否かです。二条の展開であれば、数式を隣に書き1つずつ項をかけていく基本展開をしているようではステップアップを図ろうとしていないのです。もちろん基本通りにやれば注意すべき点も少なくミスなく答えを求められますが、後々の平方根・二次方程式、さらに思考力を問う問題への発展が望めなくなります。スキルアップをしていないことがブレーキになるのです。 受験数カ月前~直前期になれば、数々の入試問題を解いたり応用スキルを学びます。学校で流行っていなくても、塾で学ぶことになるでしょう。理科・社会なら複数の知識を交差させ考えることを学び、国語は入試問題に特化した時肩を学び、英語は英文を覚え長文に慣れることを覚え、数学は出題頻度が高い問題の解き方の流れを覚えなければなりません。それらの事をやっていくには、中学三年間の学習内容をひととおり学び終え、基本知識を習得しておかなければなりません。そのために知識の蓄積が必要です。知識は与えられることに慣れ、与えられるものだ、いつでも聞けば良い、と思っていると なかなか知識の蓄積ができません。個別でもクラスでも 『授業で教えてもらう』と言うスタンスの学生が数多くいます。もちろん教えます。しかし それは本来の勉強ではありません。授業を受け、勉強をした気になっているに過ぎないのです。もう一度 確認し 解き方の流れや注意点を整理し確認し 身に付けるレベルまで昇華してこそ 勉強です。

新聞の社説を読んで・・・

2017年12月3日 日曜日

今朝の新聞社説では 教育を取り上げていました。教育格差をなくすために高校教育の無償化や義務化をしていくことが本当に効果があるのかと言う内容でした。選挙では高校教育の資金面での支援がよく叫ばれています。本当に それで教育格差は無くなるのだろうか?アメリカの専門家による分析では教育を支えている『意欲』と『能力』の二つは幼少期の教育に大きく左右されている結果が出ています。加熱する受験の反省から ゆとり教育になり 学力低下になりました。学力低下を危惧し 今は脱ゆとりになっています。学習内容が増えました。学習内容が増えれば、学力向上を図れるのか?実際の学校現場では、ゆとり時代以上に授業が遅れ、『意欲』も『能力』も失われているように思えます。教師の雑談は増え、その雑談が学習の面白さを引き起こす内容であればよいのでしょうが、やっている雑談は日常生活の事ばかりです。もう二学期が終わろうとしていますが、学校で進む事ができたのは教科書の半分にすら届いていません約44%です。残りの56%を三学期でやることになります。始業式があり、中三の懇談会のために半日授業になり、二月は通常月よりにっすっが短く月後半になれば学年末テストです。そして三月になれば 卒業式があり 生徒たちは部活に目を向け授業に身が入らない日々が続きます。そういったことが判って 授業が進んでいるのだろうな、と聞きたくなってしまいます。『その気になれば こんな内容は数週間で終えられる。』とうそぶいている姿にもがっかりでした。幼稚園児に『ひらがな』を教える時、大人にとって当然の事・すぐにできることであっても 受け手の幼稚園児にとっては 当然でも すぐにできる事でもありません。教師であれば そんな当然のことが判っているはずなのですが そんなことも判らずに生徒の前に立っているのか、と耳を疑いたくなる言動が多いのが実際の現場です。学力低下の主因は教育現場での指導力や教務力の低下ではないのか?そう感じることの方が多くなりました。無償化論は良いとは思いますが、真の意味で教区格差をなくしたいなら 教育環境を整えることが最優先課題のように感じます。人・施設・指導者を育む環境などです。
幼少時の環境と知り、初めて読んだ本の事を思い出します。絵本でなく漢字交じりの伝記を読みました。源義経でした。彼がやった奇襲戦法や出会った人々を知り感銘を受けました。小学四年生の時でした。図書館で借りてきた二百ページくらいの単行本でした。毎月学校で販売していた学研教材は付録が楽しみでした。付録を通し、色々な仕組みを学びました。なぜ?どうすれば?といった探求心は育めました。当時はゲームもなければ、テレビ番組も限定されていました。そんな時代だから 勉強もしてきたのかもしれません。

勉強するっていうこと、授業を受けるっていうこと

2017年11月21日 火曜日

最近、考えることが多いのは授業の受け方や勉強の仕方が判っているのだろうか?という点です。判っているけど 今まではやってこなかったから これからだ。それって塾の宣伝文句ですよね。判っているなら 今までに そこそこの点数は取ってきたはずなんです。満足できるだけの成果を挙げてきたはずなんです。
ああしていたら・・・ こうしていたら・・・。これって夢に浮かされている人のセリフでは?
じゃ 勉強って何?今までの学習でもやってきたように 学習を進めていったら まず全体像をおさえる事です。そして各項目を掘り下げ、知識やパターンを覚える事です。さらに応用問題などで 同パターンや知識を使い、何に注意するかをおさえ練習する事です。ここまでやって勉強なんです。
全体像をおさえられていなければ、問題を解くアプローチが定まりません。例えば、確率だな?と思ったとする。4パターンの中のどれかが見えなければ、書く図も定まりません。連立方程式だな?と思ったとする。3パターンの中で どれに近いかが見えなければ 表が書けません。何度も経験してきたように 表が書ければ文章題は解けます。授業で何度も経験してきたように それは100%に近いレベルで解けます。こんな考え方は教科書に記載されている訳ではありません。それは教師や講師が授業の中で話したり実演したりすることなんです。
見よう見まねで まねっこし、自分流にアレンジできたら最高。若手講師達に よく言ってきたことの1つが 『各個論に走るな』です。これは今日明日授業でやる事だけを見るな、単元全体を見て授業展開しろ、という意味です。例えば 『正負の数』を教える。教科書では二転し三つのやり方を記載しています。これは小学流の算数式計算から本来の数学式計算にステップアップするために1段ずつ階段を昇るようにしているからです。欧米では 本来の数学式の式・符号の捉え方を小学時代からしています。結果的に数学が苦手な人が多いのも事実だし、得意な人のレベルが非常に高いのも事実です。日本流は平均的には底上げになっていますが、トップレベルの層が薄い結果をももたらしています。脱線しました。二転する中では全体を捉えて指導しなければ、受け手の生徒は振り回され混乱してしまいます。全体像が見えている人は、1つの考え方だけでなく 別の切り口でも問題を考えられます。そうやって視野が広くなるのです。
もちろん全体をおさえただけでは 問題は解けません。深い知識やスキルが必要です。受験勉強では この知識とスキルにスポットが当てられがちです。毎日、『今日は あれを整理し覚えよう』『あの問題の解き方を確認し手順を覚えてしまおう。』『今日は あのページからあのページまでの英単語を覚えよう。』『あの問題集のあそこの単元をやってしまおう。』と思い実行する。それが受験生の毎日です。何も 定期テストや実力テスト前だけではないのです。
受験当日、どんな問題なのか と不安になる中で 自分を支えてくれるのは これまでにやってきたことだけなのです。天才と呼ばれる人を除けば 多くの受験生にとっては 『これだけのことをやったのだから』という経験だけです。
授業を大切にしなければなりません。何故なら6~10時間の受験勉強時間の大半は自分でやる勉強だからです。授業で考え方や知識を学び、整理の仕方やポイントを学び、自分で整理し覚えなければなりません。だから 勉強は受身でやるものではありません。本人が自発的に取り組むべきことなのです。
授業中は集中し 一言も聞き逃さないようにしていかなければなりません。授業中、皆さんの手は何処にありますか?机の下?おかしいです。『ちゃんと先生の言う事を聞いているんや。』 ふーん。あとで 自分で使いこなせるんだね。メモしなくて良いの?じゃ次のテストは満点だね。授業中はノートを広げ、ペンを手に取っているのが当たり前の姿です。ノートは板書を写すだけでなく、自分自身が気になったことがメモされているのが当たり前の姿です。
家に帰ったら、今日聞いた内容を確認し整理するのが学習の基本的な姿です。だってノートは乱雑なメモで埋まっているから。身に付けたことを確認しないで 眠るなんて もったいないから。

がっかりしたこと

2017年11月21日 火曜日
期末テストが始まりました。明日で期末テストが終わる中学もあります。塾では先週から(科目によっては先々週から)期末対策をやっています。早くからやっている科目は 学校の進度を見極めつつ 試験範囲を予想し 対策授業を展開しています。 先日のブログで書いた通り、今回のテストに対し 学校の授業展開は遅いです。もう二学期が終わろうとしているのに、教科書の1/3クライマしか進んでいない科目もあります。 そして 『進度が遅いようですが大丈夫ですか?』の生徒の質問に対する学校先生の答えは『その気になれば すぐに終わる。』でした。 『こんなの簡単。一ヶ月もあれば残りは終わるから。』でした。それを聞いた生徒は『先生が本気で進み始めたら ついていけるだろうか?』でした。がっかりです。この先生は教師と言う仕事を勘違いしているように思えます。 例えば、小学二年生の生徒に高校生が『九九』を教えるとする。高校生から見れば『簡単』なことで 短時間で教えられることだと感じるが、受け手の生徒から見れば『初めて見ること』なので 覚えるのに時間がかかることなんです。中学校の学習内容も同じ。大学を卒業した先生から見れば 『簡単』なことでも 受けてから見れば『身に付けるのに時間がかかること』なんです。この先生の場合、二カ月後には『こんな簡単な事 すぐに覚えられるやろ!』と授業でキレてしまうのではないか?と思います。 何故 教科書ではページを割いているのか? 何故 1年分のカリキュラムになっているのか? 1年で身に付けるべきことは何なのか? (教科書の)行間を教えることを どう解釈しているのだろうか? ただ教科書の内容を説明すれば良いのだろうか? 勉強って何なのか、学習指導って やれているのだろうか? 数年前に文科省が学力低下を危惧し、脱ゆとりになりました。学力低下の真因は学習内容が少なくなったことではなく、もっと別の理由があるように思えます。

授業の受け方

2017年11月14日 火曜日
小学生や中学生達に授業をしていて 日々感じることをブログでつづっていますが、授業の受け方という点で感じることをつづってみます。講師達の感想の言葉の1つに 『数年前と違い 生徒たちが変わってきている』 があります。このために学校の授業進度が遅くなっているのかな と思います。授業をやっていて 一番感じることは 授業を最初から最後まで聞けている人の割合が減ってきていることです。授業中は目の前で説明されている表面的な流れや結論を理解することにとどまり 頭を使って考え理解することができていないように感じる時があります。例えば、中三数学で『式の展開』を教え練習する。一週間後に4つの乗法公式を順に教え練習する。1カ月後に生徒がやっていることは 一番最初に教えた『式の展開の基本』です。複雑な展開計算でも因数分解でも平方根の計算になっても 展開する時は 4つの乗法公式を使わず基本通りにやっています。『これで できるから これで良い。』と考えているようです。 このスタイルは確実に正解を導き出せますが、学習内容をレベルアップしていく上では弊害になります。理解の壁になってしまいます。学習は同じ場所にとどまる事ではありません。前へ前へ進んでいき、新しい知識やスキルを身に付けることです。 昨日の中三授業で 中三生徒に『勉強って面白いのか?』と聞くと、多くの生徒さんが『判らなかったことや知らないことが判ると面白い。』と答えてくれました。面白さは学習の基本です。数日前は 中1社会のクラスで 『板書でまとめているのに (ノートなどに)書かないでいるけれど、全部覚えているのだろうな?』と 注意しました。中2・中3生では考えられない状況でした。板書でまとめ始めると サッとノートを出して書き写すことは当たり前だったからです。おそらく学校でも同じなのだろうな、と思いました。勉強する。学習する。ノートに書き込み、授業を聞き、頭を使って1つ1つの流れを考え、場合によっては覚えてしまう。授業の受け方としては当たり前のことですが、それら1つ1つが できていない生徒さんが増えつつあるように思います。

11月中旬・・・

2017年11月14日 火曜日
11月中旬になりました。 期末テストまで 約一週間です。内申を占う上で 二学期期末テストは非常に大切なテストです。中三生にとって その後一週間もすれば12月実力テストがあります。つまり期末と12月実力をセットにし取り組まなければなりません。生徒たちに聞くと 学校では少し受験に目緒向けつつあるようです。学校の生徒たちも鮨は受験を意識し始めたようです。問題は意識をしても どこまで行動が伴われているか といった点です。すぐに覚える。すぐに練習をする。そんな当たり前のことを 日々行わなければなりません。 意識をしていれば 覚えるのも 覚えやすくなります。どれが大事か?何を覚えるか?そんな意識の連続です。 中三生のテストは この期末辺りから 少しずつ レベルアップしていきます。生徒から見れば えっと思える問題が 2~3問くらいあります。おそらく学校では『よく考えて問題を解けば解ける』ということなのでしょう。 では『考える』って どういうことなのか? 問題を読み、思考を巡らすことなのでしょうが、では その思考ってどう巡らすのでしょうか? そこで必要なことが『考える材料づくり』や『考えるきっかけづくり』です。 塾で教えていることは この二点です。教科書で文面化されていない行間の部分です。 途中入塾の生徒さんが苦手とする部分です。数式の見方・全体像・問題の捉え方・複数の情報の整理の仕方などです。 今、中三生達は数学で『相似』を学んでいます。この相似で証明後に『長さを求める問題』が よく出題されます。相似比を使って解くのですが、対応が判りづらいので 混乱しがちです。そこで学校では 対応が判りやすいように各頂点に印をつけて比を作るように指導します。もちろん うちの塾でも印をつけて説明します。同時に別解として『相似表』を使ったアプローチもクラスでは説明します。いわゆる時間をかけずに解くスタイルで、大学センター入試の指導でも使う方法です。大学入試では もう少しレベルの高い方法を取りますが、高校入試では簡単な表になります。いわゆる塾オリジナルの解き方です。 そんな授業展開をしている中で、質問が少しずつ増えてきました。授業が判らないというより、これで良いのかと言った確認の質問が多くなっています。